座談会 MEIJIの未来を語る。

専務取締役 小野寺勝夫、鋼板建材部 泉野龍二、鋼板二部次長 山本剛、鋼板二部 黒瀬由貴、栃木工場長代理 山根高志、鋼板一部 井上雄太

時代にあわせ、脱皮を繰り返してきた明治鋼業の歴史

時代とともに変わり続けてきた明治鋼業。変化をおそれないチャレンジスピリッツが当社のDNAです。今回は設立当初から社を見守ってきた小野寺専務から次世代を担う新入社員まで、幅広い世代の方たちそれぞれに明治鋼業の過去・現在・未来について大いに語り合いました。

井上(司会)
明治鋼業の技術や製品は、さまざまな産業分野や社会インフラの整備に活用されています。それだけに、毎日のくらしの中ではなかなか目につきにくく、専門的でわかりにくいことが多いのではないでしょうか。実は世界に誇るものがいくつもある明治鋼業の代表的な製品を、「ものづくり委員会」では身近な視点から、わかりやすく解説していきます。
特集ページを開設するにあたり、本日は皆さんそれぞれの視点から、当社の歴史、社風や強み、特長、今後の取り組みなどを存分に語り合っていきたいと思います。まず当社の歴史について小野寺専務からよろしくお願いします。

小野寺専務
明治鋼業は創業から今年で89年を迎えますが、何度か大きな脱皮を経験して変化してきました。昭和23年頃は、亜鉛、トタン、クギ、針金など建築資材が中心でしたが、昭和30年代になると、全国で建築熱が活性化する中で、鋼材や、縞板、冷延鋼板なども広く扱い始めました。それは、何でもやってやろうというチャレンジの時代でした。
そして昭和40年代になると競争が激しくなり、何かに特化して専業化しようと、めっき鋼板専業に注力を始めました。専業化で競争力を高めた時代です。
昭和45年に、初のコイルセンターをつくり、当社は表面処理鋼板の専業問屋となったんですが、石油ショックが起き、深刻な不況を迎えました。そこで皆で知恵を出し合い、亜鉛めっき鋼板をフォーミング加工する条鋼類に参入しました。フォーミング分野は順調に伸びていき昭和50年代半ばには相当のビジネスになっていました。高付加価値化による新市場への挑戦の時期です。
そして昭和56年頃、建築分野で広幅デッキプレートが伸びていることをうけて事業化したことで、今日の明治鋼業の基礎がほぼ固まったわけです。

専務取締役 小野寺 勝夫氏

専務取締役 小野寺 勝夫

井上
安定成長してきたと思っていましたが、時代とともに大きな変化を体験しているんですね?

小野寺専務
ええ。変化というより脱皮して成長したという感じですね。当社はこれまで5回脱皮をしてきましたが、そろそろ6回目の脱皮の時期を迎えています。今日ご参加の皆さんには将来の自分の姿を見すえ、変化にチャレンジしていってほしいですね。